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読書記録「近世欧州軍事史備忘録 巻3 Pike and Shotの時代:歩兵の基礎」

夏コミお疲れ様でした。お陰様で弊サークルも盛況のうちに楽しく終えることができました。

戦利品を読み始めていまして、折角なのでここに記録を残してみたいと思います。

近世欧州軍事史備忘録 巻3 Pike and Shotの時代:歩兵の基礎

本の概要

本書は、Pike and Shotの時代と言われる長槍兵と銃兵が戦場の主役だった時代の歩兵戦の実相について明らかにしようとすもので、この目的のために以下の三つのセクションから構成されています。

  • 17世紀に著された民兵向けの訓練教本である「招集指図」の翻訳
  • 現代における銃剣突撃にあたる長槍兵の突進「Push of Pike」が具体的のどのような形で行われたかについての論考
  • この時代に試みられた射撃戦術の紹介

感想

興味深く感じたのは以下の部分でした

陣形の組み替えにあたっては以下のような単純な号令とそのパラメータによって兵を動かしていたこと

  • 回れ右
  • 右方、前へ倍列
  • 各列、右回りへ反転行進
  • 右方へ旋回*1

回れ、倍列、反転行進、旋回の組み合わせによって陣形の形を変えていたそうで、これは単純な関数の組み合わせによって目的を達するというプログラミング的な雰囲気を感じます。三体星人みがありますね。

縦深の深い陣形において後列が果たす役割は主に精神的なものであること

槍兵といえばファランクス、ファランクスと言えば密集方陣、というようなイメージがどうしても湧いてしまいます。が、「奥行きの長い陣形って後列はあんまりやることなくない?」という指摘は17世紀ごろにはされていたようです。これに対して著者は当時の記述などからいくつかの答えを出していますが、主たるものとしては背後に味方がいるという安心感があるのではないかと指摘しています。

なんとなく分厚い陣形のほうが強そうというイメージはありますが、具体的に後列がどのような役割を果たすのだろう? というのはわかったつもりでわかっていなかったので、得心がいきました。本書によると、古代の戦いにおいては前後の兵が入れ替わって体力を温存していた可能性が指摘されているとのことで、古代では後列にもっと積極的な意義があったのかもしれないですね。そうでないと斜線陣の意義がなくなってしまいそう。

最前列の兵は一番装備が優良であったこと

これ、素朴な感覚として「最前列に強力な防具を持たせたら強そうだけどやってなかったのかな~」という気持ちがあったんですが、実際やってたんですね。全員が同じ装備を着けている軍隊というもの自体が近代の産物なのだから、兵の装備がばらついているのは自然なこと*2で、その中でも最前列に良いもの持たせてやれ、というのはそれはそうという感があります。

「音を立てる軍隊」に対するイメージが時代によって異なること

私語をせず粛々と展開する軍隊と、敵を囃し立てる軍隊。どちらも軍隊の一イメージです。どちらが好ましいと見なされるかは、時代によって変化があるという話は興味深かったです。本書が取り扱う時代は近代化に向かいつつある時代であったので、音を立てて相手を威嚇する、というようなやり方は熱意が空回りしている若い指揮官がやりがちな誤り、というような扱いであったことが伺えました。

射撃戦術の変遷を知ることができたこと

連続射撃ができない上に射程も短い前装銃をどう運用するかという工夫の歴史を知ることができました。いわゆる「三段撃ち」みたいなものもいろいろやり方のバリエーションがあって、それぞれ利点と欠点がある。最終的に辿り着いたところは現代のFire and Movementに類するものであったというのが興味深かったです。

騎兵は必ずしも攻撃における主兵ではなかったこと

現代から古代までを見ると、ヘタイロイ、騎士、ユサール、戦車、みたいな感じで騎兵とは攻撃の主力であり、地歩を維持する歩兵と組み合わせて云々、みたいな理解をしてしまいそうになりますが、近世において騎兵の攻撃における役割は限定的であったというように読み取れたのが意外でした。この時代、突撃兵科としては長槍兵があり、その突進によって敵を後退せしめていたとのこと。

この辺りは自分の通史的理解が足りていない感がありますが、どうしてこうなったのかは気になりますね。テルシオなどの時代でもありますし、要は歩兵の防御能力が騎兵の攻撃能力を圧倒してしまった、というような第一次大戦的状況だったんでしょうか。

まとめ

通史的な理解から個別的な理解まで広く理解を深めることができてよい読書体験でした。他にも同じサークルの本を買っているので、引き続き読んでみたいです。

書誌情報

booth.pm

  • 題名: 近世欧州軍事史備忘録 巻3 Pike and Shotの時代:歩兵の基礎
  • 発行: 旗代屋
  • 著者: 旗代大田
  • 発行日: 2021年12月31日

*1:回れ右は陣形をそのままに個々の兵が右を向くが、旋回は陣形全体が右へ向きを変える

*2:ただし、長槍の長さについては厳しい統制があったそうです。楽をするために切り詰める奴がそれなりにいたらしいですが…………